東日本大震災から9年…復興の願いを込めた、絶品スープカリー!

2011年3月11日に発生した、東日本大震災より早9年。震災直後から以後数年にわたり、約80万人のボランティアの方々に宮城県内で活動していただきました。そして、「銀座 咖喱」のオーナー田場さんもそのお一人。当時の活動や出会い、今伝えたい想いなどをインタビューさせていただきました。

  • 更新日:2020/03/09
  • 公開日:2020/03/11
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当時の活動について

★みやラボ!(以下:み)
東日本大震災直後、田場さんはどのような活動をされてきたのでしょうか。

★田場さん(以下:田)
私は、東京銀座で38年、美容・エステ・アンチエイジングなどのトータルビューティーサロンを経営しています。東日本大震災が発生した時、美容家として“何かお役に立ちたい”という想いに駆られ、まずは(故郷の)沖縄に帰って、物資(紙おむつやミルクなどの子供用の物資・缶詰など)を4トントラック分購入し、被災地に入りました。

現地入りしたのは被災から1週間経っていなかったので、どこも閑散としていました。様々な被災地を見に行きましたが、駅の屋根は落ち、建物は崩れ、車がひっくり返ったりもしているし、がれきだらけで本当に驚きました。気温も今年のような暖かい3月ではなくて、寒かったですよね。私のような沖縄出身者には真冬並みに堪えました。避難所では、皆さん段ボールの囲いの中にいて、着の身着のまま逃げてこられているので、スキンケア、ヘアケア、ボディケアなどをお持ちでない方が沢山いらっしゃいました。

私に瓦礫は片付けられないけど、カットやシャンプー、フェイシャルエステをしてさしあげることで、“皆さんが背負っている重いものを少しでも軽くしてあげたい”との思いから、同志や仲間に声をかけ、チーム「AIBARA JAPAN」いうボランティア団体を設立しました。

チーム「AIBARA JAPAN」とは?

★み:チーム「AIBARA JAPAN」という名前には、どのような意味が込められているのですか?

田:チームの母体としていたのが私の会社「Blue Rose(ブルーローズ)」で、ブルーローズの花言葉は『夢叶う』なんです。植物の世界では、ブルーのローズというのは、ありえない色だったらしいのですが、サントリーさんが栽培に成功して、奇跡は必ず起こるということになった。だから、「夢を叶えるフィールド」ということで、Blue Rose株式会社としています。
被災してしまっても生きている以上は夢をもう一度持って、お互いチャレンジしようという意味の“愛のブルーローズを届けよう”という事で、ジャパンの藍色の藍とバラをかけて、チーム「AIBARA JAPAN」という名前にしました。

ボランティアを始めたきっかけ

★み:ボランティアを始められたきっかけを教えてください。

田:阪神淡路大震災が起きた年、ちょうど1月17日で成人式の2日後だったんです。成人式の繁忙で私自身クタクタの中、朝方5時ごろ、阪神淡路のものすごく燃えてるシーンを見たんです。その時は、うわー大変だと思ったんですけど、すぐに助けに行けない自分がいました。

東日本大震災が起きた宮城には、代理店さんや、多くのお客様がいらっしゃったので、他人事とは思えませんでした。阪神淡路大震災の時には行くことができなかったので、今回は絶対行こう!何とかしてあげたいという気持ちのほうが強くて、すっと被災地に入っちゃったんですよね。大手のボランティア団体もまだ来ていないうちから私が現地に入っていけたのは、阪神淡路大震災の悔しい想いがあったのだと思います。

 

★み:震災の際、活動されたエリアはどの辺りでしたか?

田:亘理町、七ヶ浜、仙台空港周辺、閖上、南三陸、陸前高田、石巻などが多かったと思います。
トータル数百回通ったと思います。その時に出会った皆さんとは、だんだん家族のように親しくなっていきました。4、5年も経てば子供たちはどんどん成長しますし、沖縄から連れてきた私の子供たちもボランティアに参加してどんどん成長してくれました。ボランティア活動を続けているうちに、立ち上がる強さやたくましさみたいなものを教えられて、何か力になりたいと思って行ったのに、逆に自分たちが励まされていました。


★み:トータルで活動された期間は何年になりますか?

田:5年です。最初は、仮設住宅が2年ぐらいで無くなると聞いていたので、2年は本気でやろうと思って、取り憑かれたように被災地に通いました。結局2年で仮設住宅はなくならなかったので、1万人を施術しようという目標に切り替え、何が何でも達成しようと思って通いました。この5年間は、仕事を全部休止してボランティアに集中したので、自分の蓄えも会社の蓄えも全部使い果たしました。

★み:当時は何名体制で活動されていたのですか?

田:多い時は30人ぐらいですね。少ない時は5、6人で行って、300人の施術です。歳も歳なので、延々と髪を切り続けなきゃいけないのは大変ですけど、でもできちゃうんですよね。お金を頂かない仕事って、気持ち良くなるんです。ボランティアやるとハマっちゃうのわかります。最後の最後まで続けてくれた仲間には、本当に感謝です!

当時のエピソードについて

★み:カットやエステなどのボランティア活動を通して感じたことや、エピソードなどはありますか?

田:私たちボランティアを、本当にファンとして追っかけてくれるおばちゃん達が結構いたんですよ。「また来ましたー!」って。家も建物も身内も亡くしている方々なのに、いつも笑顔で会いに来てくれました。いちごを持って来てくれたり、ケーキ持ってきてくれたり、逆に貰い物が多くなったりしましたね。これ食べてって、食べられないぐらい貰ったり(笑)

1か月前から集会所に「AIBARA」が何月何日に来ます、ってポスターを貼っていくので、それで皆さん楽しみにしてくれていました。寝たきりの人たちには部屋まで行ってカットやエステをしました。再び行ったときに、「残念ながらおばあちゃん亡くなったのよ」ってお聞きすることもありましたが、「とっても喜んでたよ」「こんなにしてもらえるなんて思わなかった」って言ってくださって。会いに来るのが楽しみだって言ってくださる方がたくさんいらっしゃったので、辞めづらいっていうのはありました。辞めたらこのおばあさんたちどうなっちゃうのかなと思うとね。寂しいはずですから、きっと。

それをきっかけに、要望があればどこにでも行きました。「〇〇は、避難されている人が多いから」とか、「うちのお姉さんがいるところに行って欲しい」とか、「実家近くてやって欲しい」とか。色々なお声をいただく中で、山の上なので物資も支援も届かないところがあると言われて、そこにも行きました。行ってみると、おにぎりの弁当箱を再利用してご飯を食べていたんです。お皿は無いのかと聞いたら、無いということでしたので、全国の美容家に連絡して、使っていないお皿とか、一人暮らし用の小鍋など全部送ってもらって届けました。支援が届いている所と届いていない所の格差がありました。

ボランティアで行ったのに、物資が無い中で牛乳パックで作ったケーキを出していただいた時には、また頑張らなくちゃいけない、という気持ちになりました。

これからの宮城について

★み:被災地が今後どのようになることを願っていますか。

田:区画もきれいに整備されましたし、インフラは元に戻りつつあると思うんですけど、いくらそこに再び家を建て直しても、産業が戻ってこないと『ヒト・モノ・カネ』が動かないと思うんです。地域の皆さんが再び立ち上がって仕事を作り直すことが大事だと思っています。

仕事を県外から持ってくるよりも、パワフルに仕事を作っていく。仕事は人も作るし、家庭環境も良くなっていくと思います。それにはやっぱり、復興と共に、街づくりかな。小さな自治体それぞれで、ここには何々を作っていきますっていうように、農業なのか、缶詰なのか、工場なのか、メリハリをもって、産業目線で立ち上げて欲しい。負けるな!っていう東北魂で進めて欲しいです。

東日本大震災での経験は、とても大切なもので、あれ以下もあれ以上もないと思います。全てを一瞬で失うという経験は、ため息しか出ない。でもあれだけの経験をし、前を向く努力をしている東北の人達はそれだけ強いし、復興も一歩ずつ進むと思います。

「銀座 咖喱」に込める想い

★み:カレーに込めた想いや、こだわりについても教えてください。

田:日本のために、美容家として和だしを復活させたいという気持ちがありました。そして、発汗作用があり、全身が温まるもの、ということでだしと様々なスパイス。こうなるとカレーしかありませんでした。

血行が良くなり、腸内も掃除されるので「クレンズ(浄化する)」、新陳代謝が上がるので「バーン(燃焼する)」、栄養をとるので「ビルド(健康を増進する)」。「クレンズ・バーン・ビルド」というコンセプトにしました。子供たちからお年寄りまで食べて頂ける事を目指して、3年間勉強し、日本中食べ歩いて、特に北海道は色々なお店を食べ尽くしてそのデータを取りました。そして毎日食べられるように、だしとスパイスを調整をして作ったのが、当店のカレーです。実際うちのスタッフは毎日食べています。
大みそかには沖縄蕎麦をスープカリーにアレンジした年越しそばを1日限定で出しまして、300杯が即時完売でした。

震災で出会った方々がカレーを食べに来てくれたらうれしいですね。今度は髪を切ってはあげられないけれど、カレーで胃袋を温かくしてあげたいです。これからは、子供たちからお年寄りまで、夢に向かって“楽しい価値”を勝ち取って欲しいと願っています。

■メニュー紹介

和だしスープカリー/1,000円(税別)

初めての方にオススメ★カリーのスパイスを最も感じることができる、「和だしスープカリー」です!ジューシーな骨付きチキンと、旬の素材を中心とした、お野菜もたっぷりでボリューム満点です。

王道の和だしカリー以外に、お好みでトマト・豆乳・ココナッツミルク・アサリからもお選びいただけます。

※お持ち帰りOK!(別途容器代が100円(税別)かかります。)
※辛さは11段階からお選びいただけます。

ココナッツミルク スープカリー/1,200円(税別)

まろやかなのに、あっさり♪フルーティーさが香るスープは病みつきです!

※お持ち帰りOK!(別途容器代が100円(税別)かかります。)
※辛さは11段階からお選びいただけます。

 

レギュラーすむぅじー(全5種)/350円(税別)

★チームバナナ
バナナ・小松菜・ブロッコリー・牛乳

★チームいちご
いちご・リンゴ・バナナ・牛乳

★チームマンゴー
マンゴー・レモン・ヨーグルト・牛乳

★チームニンジン
ニンジン・パイナップル・レモン

★チームトマト
トマト・ミカン・リンゴ・レモン

プレミアムすむぅじー(全2種類)/450円(税別)

★チームオールスター
小松菜・ブロッコリー・ニンジン・バナナ・マンゴー・パイナップル

★チームピュアレディ
ビーツ・リンゴ・パイナップル・ミカン・マンゴー・イチゴ

 

 

銀座 咖喱

住所 〒981-3214 仙台市泉区館2-1-102
電話番号 022-707-1875
営業時間

11:00~20:00

※LO 19:30

店休日

火曜日

※祝日の場合は営業、翌日店休

基本情報へ

プロフィール

1962年5月16日生
18歳から総合美容サービス業にたずさわり、今年で38年目を迎える。
銀座在住

【経歴内容】
*日本で美容師免許を取得後、20代半ばでヨーロッパへ渡る
パリ・ロンドン・スペインでヘアメイクアーティストとして技術と感性を熟得
*全国の美容室・エステサロンを対象に化粧品の製造販売や経営をプロデュース
*東日本大震災で5年に渡りカットと美容のボランティアを経験
*ミャンマー・カンボジアなどアジアを中心に日本の和の文化、おもてなし、美容やエステの技術を習得させる活動をし、海外からの研修生の実習の場として、アイバラカルチャークラブを立ち上げ、貧しい人達への自立を支援する活動を行ってきた

〈最後にみやラボ!から皆さまへ〉
2020年3月11日をもって9年。あっという間の9年。
まだまだ、復興はこれからも続いていきます。“被災された皆さんを救いたい”という、純粋な想いで長期にわたり活動していただいた、チーム「AIBARA JAPAN」の皆さん。その他、多くのボランティアや復興に携わっていただいた皆様に感謝を申し上げると共に、みやラボ!としても微力ながら宮城県を盛り上げていけるように、今後も精進していきます。皆さまの未来が少しでも明るく幸せなものになるように。

記事:ミー

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